2019年12月11日

言霊の華 第五五八号

『「格調高き者」とは』

「桜を見る会」が未だに騒々しく、国会ではそれが重要法案の審議の妨げになってしまっています。国会議員の本来の使命とは、政策の立案とその実現にあり、そのため国民から選ばれ委任を受けているのです。

国家の経営者である国会議員とは、国の運命を担う舵取り役としてとても重い責任が課せられている筈。小粒で嘘っぽい正義感を振りかざし、国会議員としての本義や大義を忘れ、ちっぽけな正義感で政敵を攻撃する。彼らの最大の目的と関心は、いかに自民党の支持率を下げ、安倍首相のイメージダウンを狙うかだけなのでしょう。


政治家としての本来の務めを果たしておりません。権力欲、名誉欲、支配欲は逆に彼らの姿に投影されているようで、その正義感など胡散臭くてなりません。「もっと本来の仕事をせよ」と言いたい。心ある国民なら皆うんざりしているに違いありません。

それに同調したり煽動したりしているメディアもあまりにもレベルが低い。格調高き国家、格調高き日本人とは、それは祈りのある国家であり、祈りのある日本人なのです。


相手を引きずりおろし、追い落とそうとする情念は、恨み、妬(ねた)み、嫉(そね)み、憎悪であり、前回述べました「神の前に恥じない自分であるか」の真逆に位置したものです。そして格調高き人とは「赦しと感謝」を持ち合わせているのです。

新約聖書のヨハネによる福音書の中で、イエスが「罪なき者がいるなら、この女を打ってみよ(石打の刑)」と言いました。一人去り、二人去り、そして全員がいなくなったとあります。つまり人間は誰もが同じ問題を抱えて生きているのです。


私は日頃「生かされて生きる命、赦されて生きる命、ありがとうございます」と祈ります。こんなに至らなく未熟で弱い人間であるのにも関わらず、私は赦されているから生きられるのだと信念でそう思うからです。

神から赦されているのだから、私も私を赦そう。そう想うと他者に対しても赦すことができ、寛容と感謝が生まれてくるのです。こんなに至らない自分が他人(ひと)を裁くなど決してできないと思ってしまいます。


自分を赦せない人は他人も赦せない。したがってそれが情念となり他者攻撃、他人への憎悪、悪口批判となって現われるのです。

桜を見る会に限らず、森友学園、加計学園問題の時も、追及し攻撃する野党国会議員の一人ひとりに「立派な顔」の人がいませんでした。左翼的情念がそうさせているのです。


格調の高い人とは大義に生きる人のことを言います。常に己れの利害を超え、他者の為、天下国家の為に命を捧げ切る覚悟を持っている人です。

どうしてかくも日本人は小粒になってしまったのでしょう。それは国家観が揺らいでいるからです。野党議員(自民党議員の一部も含めて)に問いたい。あなたたちはどのような国家観を持っているのかと。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

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【ご案内】
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【年始年末行事】

★おもちつき
12月28日(土)10:00〜16:00 (久我山・菅家庵)

★元旦禊
1月1日(水)6:30〜 (南伊豆・弓ヶ浜)

★歳旦祭
1月1日(水)16:00〜 (久我山・みすまるの宮)

★武蔵陵参拝
1月7日(火)13:00〜 (高尾・現地集合)

●事前にお申込みください。

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【パラオ鎮魂慰霊の旅】

日程:1月27日(月)〜31日(金) 4泊5日

★ペリリュー島・戦跡慰霊
★オレンジビーチでの鎮魂禊
★日本とパラオ・友好の歴史
★世界遺産の海

●詳細はお問合せください。

https://www.umashikuni.co.jp/event-20200127-0131/

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【菅家廊下・翔塾 ベーシック講座】

日程:令和2年2月10日(月)〜12日(水)

会場:湘南国際村センター
   神奈川県三浦郡葉山町

詳細・申込→
https://www.umashikuni.co.jp/20200210-12event/

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2019年12月05日

言霊の華 第五五七号

『かむながら 自然随順』

「神の前に恥じない生き方をしているか」
心ある人ならば人生で何度か自らに問いかけてきたテーマでしょう。しかしYESとはっきり答(応)えられる人は果たしてどれだけいるか。

例えば歴史上、名僧、高僧と呼ばれた人々の中で、生涯不犯(女犯・男犯)を貫いた聖職者は東西を問わず何人いたことか。

ローマカトリックの本山であるバチカンの司教たちの男の子への性的虐待が大問題になったことなど、まだ記憶に新しい。真理を説き、愛を説き、救済を説く聖職者が何故堕落するのでしょう。


日本の場合、生涯不犯を貫くことができたのは、鎌倉時代初期に現われ、華厳宗の中興の祖と呼ばれた明恵上人ただ一人だったと言われています。日本の聖職者が女や性に脆(もろ)いのは、人間として弱かったと一括りにできるほど単純なものではありません。

元々日本人のDNAの中に縄文二万年〜三万年の生活心情(性)が生き続けており、男女の性はとても大らかなものでした。そこには一神教世界に見られる原罪意識、即ち罪悪感など希薄だったのです。男女の性が大らかだったため、平安時代は見事に女性が大活躍した「たをやめ」文化の華(花)を咲かせたのです。


そういう縄文の末裔(まつえい)たちの生(性)の営みの中に入ってきた仏教の禁欲生活のドグマは、儒教の影響もあって武士の規範精神へと繋がって行ったのです。大らかだった女性たちも北条政子の「武家の妻」「女の道」と言った「たをやめ」から「もののふ」へと、変貌を遂げて行きました。

しかし潜在意識下では縄文三万年の情緒は生き続けていたのです。性の問題ばかりではなく分かち合うこと、正直であること、和を大切にすること、神、自然、人、とくにご先祖を敬うこと等々、これらはDNAにしっかりと刻まれているのです。


本来日本人は規範規律を宗教ドグマで教わってきたのではなく、大自然を神として、その自然の営みの中に「あるべき姿」を見い出してきました。性の営みもそういう中で考え、思われてきたのです。

神道とはそのような自然随順、即ち「かむながらの精神」から生まれたものです。そこには教祖もおらず、教義もなく、戒律もなく、罰則もなく、説教もありません。生涯不犯を貫いた明恵上人でしたが、決して性を否定していません。


後鳥羽上皇の承久の変で多くの京都の公家、武士の妻、子どもらが高雄の高山寺に逃げ込んできました。生活が一変します。彼女たちの女性性(アニマ・女性元型)が明恵上人を刺激します。そして上人は性交する夢を時々見るようになりました。それを上人は夢日記で「大吉夢」と記しているのです。

明恵上人は五十年もの長きに亘り夢記を記録しており、その夢判断の正確さは今日の心理学者を驚嘆させております。性の問題を決して目を逸らすことなく真正面に命を懸けて取り組んだのは、この明恵上人と親鸞上人でした。そして親鸞は遂に妻帯します。


もうこうなると大陸や朝鮮半島にあった仏教とは全く異質なものと化したのです。即ちそれは神道化された仏教です。冒頭の「神の前に恥じない生き方をしているか」の問いの意味とは何か。それは神とは自然のことであり、自然の営みこそ自然なのです。

そこには嘘もなく対立闘争もない。全て支え合い、生かし合っている世界です。人間は自然の一部であり、一員です。日本の理念と心こそ世界で唯一の人類光明化をもたらす光となることでしょう。


天皇陛下の自然祭祀は世界を救います。地球温暖化における自然災害は年々度を増すばかりです。核兵器や戦争よりも怖い危機がいまそこに迫っているのです。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

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【ご案内】
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【なでしこオピニオンの会】  

★神道を捉えなおす〜日本の「カミ」の源流を求めて〜★

□カミ信仰の源流
□神道とカミ信仰の違い
□仏教との衝突と融和
□世界宗教と現代の神道

【講師】 岩澤知子 宗教哲学博士 / 麗澤大学外国語学部教授

【日時】12月7日(土) 13:30〜15:30

【会場】神楽坂セミナールーム (美し国事務局)

【参加費】
事前振込:美し国会員 2,000円 / 一般 3,000円 /
当日券 4,000円

【茶話会】15:30〜16:30 参加費500円

申込・詳細→事前申込制
https://www.umashikuni.co.jp/20191207%e2%80%90event/


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【菅家廊下・翔塾 ベーシック講座】

日程:令和2年2月10日(月)〜12日(水)

会場:湘南国際村センター
   神奈川県三浦郡葉山町

詳細・申込→
https://www.umashikuni.co.jp/20200210-12event/

posted by 事務局 at 10:08| Comment(0) | 言霊の華

2019年11月27日

言霊の華 第五五六号

月に一度、菅家廊下翔塾講師・美し国代表特別秘書
堀内明日香が『言霊の華』を担当するよう菅家一比古先生から拝命いただきました。
心を込めて務めさせていただきます。


【人は何故学ぶのか。〜本能と本性(ほんせい)の違い〜】

10月末、30年振りに萩の松下村塾を訪れました。
小学生のあの頃に感じた奥ゆかしい風景は色褪せず、
当時の記憶が甦ってきます。
萩の街を歩きながら、人は何故学ぶのだろう.....
漠然とした『問い』がふと込み上げてきました。

吉田松陰先生が書き著した『士規七則 』 の冒頭を訳すと、
先ず人間として最も大切な心得には、
『人間が他の動物と異なる理由を知っておかねばならない。
人には人として踏むべき道があり、天皇のおわす国に生まれた以上、吾が国が世界に伍(ご)して尊い理由を知っておかねばならぬ』とあります。


菅家先生も、日頃から
『日本をあらしめてやまないもの』を学ばなければ、
21世紀の日本人の使命は果たされないとおっしゃいます。

『あらしめてやまないもの』とは理念の事です。
本性(ほんせい)は人間に理念として備わっている為、学習しなければ現れて来ません。
日本人として生まれたとしても、『日本人たるもの』になることは難しいのです。


ヒト科のヒトとして生まれた段階では、単なる生物であり、
そこで学習を通して育っていくのが人間です。
しかし動物や生物においては、本能が理念としてもう既に宿っているので、人間のように学習しなくても自然の摂理に生かされながら、理念を発揮しているのです。

例えば鮭は、繁殖の時期を迎えると皮の表面が傷だらけになりながらも、四年前に下ってきた川から、忠実に同じ川に上って産卵をします。

なぜ、タニシは土色に化けれるのか。
なぜ、蜘蛛は幾何学的な巣を作れるのか。
雷鳥やオコジョも自然の移り変わりと共に色を変えて、
真冬になると雪と同化して真っ白になります。
誰にも教えてもらっていないのに....


これは動物にとっては本能が理念であり、
人間にとっては本性が理念である違いにあります。

本性(人間性)とは、そのものに宿っている理念であり、
理念の『理』(ことわり)とは、玉偏に里と書きます。
それは里に住んでいる人が、山から拾ってきた玉(ぎょく・石)を磨き上げていくうちに、顕れ出てきたる紋様のことを言います。

理念を学び、努力と行動を重ね、磨いていくうちに本性が現れ、
本物になっていくのです。


勤皇の志士達も、吉田松陰先生から『日本とは』『日本人とは』…と、そこに宿る理念を学ぶことにより、近代日本のリーダーとして大活躍したに違いありません。

日本の理念という中心を、しっかりおさえていれば、今の時代に合わせて、大きく変化・改革ができることを教えてくれています。


日本が日本である為には、
日本をし続けなければなりません。

日本人が日本人である為には、
日本人をし続けなければならないのです。

かむながらありがとうございます。

堀内明日香
(菅家廊下 翔塾 講師)

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【ご案内】
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【美し国経営者連盟】

−志あるリーダーたちの研鑚・交流の場−

★望年会★

【日時】12月6日(金)19:00〜21:30

【会場】ラリアンス  03-3269-0007
    http://www.lalliance.jp/restaurant/access.html
地下鉄飯田橋駅B3出口徒歩1分
JR飯田橋駅西口徒歩4分

【参加費】経営者連盟会員は無料(月会費)
 一般 10,000円
     
特例として
1.会員本人が参加できない場合、代理の方は無料
2.会員紹介の新規の方は7,000円

となります。ぜひ新しい方をお誘い合わせください。

【申込み】11月28日(木)まで
以後も追加・調整は可能です。

★ゲストのご参加お待ちしております!

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【菅家廊下・翔塾 ベーシック講座】

日程:令和2年2月10日(月)〜12日(水)

会場:湘南国際村センター
   神奈川県三浦郡葉山町

詳細・申込→
https://www.umashikuni.co.jp/20200210-12event/
posted by 事務局 at 12:06| Comment(0) | 日記