2017年06月07日

言霊の華 第四三三号



『日本人にとって「決して忘れてはならない」こと』

阪神・淡路大震災、先の東日本大震災のことを決して忘れてはならないと、よく言われます。全くその通りです。日本人が忘れ、置き去りにしてきた美徳、その中でも自己犠牲の精神、人と人との絆、人と社会共同体との絆を一挙に思い出させ、取り戻してくれました。災害で犠牲になられた人々は国を代表して禊(みそぎ)をされて逝かれたのです。日本を取り戻すために。

「天の御心(みこころ)」がそこにあったとしたならば、もう一度震災の意味を問い直して見つめ直す必要があるでしょう。現在、日本は「天の御心」に適っているのだろうか。「美しい日本」はあるのだろうかと。


日本は「天然、自然の無常観」と言って有史以来、自然災害に見舞われ続けて来た歴史がありました。ある意味、慣れっこになっており、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」的体質が身についてしまったのかも知れません。

即ち捉われない、拘わらない、留どまり続けるわけにいかない。したがってそこに「惟神(かむながら)」の精神が生まれたのです。運命を100%受容する態度は、反論、反発、自己主張、闘争心を欠落させることにもなりました。

GHQの占領政策を「仕方がない」と従容(しょうよう)として受け容れてしまい、それが現在(いま)の憲法問題、教育問題、皇室の問題、家庭問題、国防問題等々、全般に亘って我が国の首を絞めている結果となっているのです。


拘らない体質、忘れてしまう体質、水に流す体質は中国、朝鮮はほとんど持ち合わせていません。徹底した政治性、攻撃性、怨恨性でもって平氣で嘘をつき、約束を破り、過去を徹底して蒸し返し、執拗極まりなく他者を攻撃します。

日本は勿論、美徳である惟神(かむながら)の精神を持ち続けることは大切です。ここで必要なことは「決して忘れない」という精神です。中国、朝鮮のような怨恨、憎悪の感情ではありません。心からの感謝、決意、覚悟をもった「忘れない」です。

私の心が邪(よこしま)になりかけたとき、私の行為が私利私欲に走りかけたとき、「忘れない」を思い出すことです。


私は心から大切にしていることがあります。先人たちは「私たちを愛してくれていた」ということです。ご先祖、父母は勿論のことですが、先の大戦で国の楯となって亡くなって逝った英霊たちのことです。

阪神・淡路大震災、東日本大震災で亡くなった方々のことを決して忘れてはならないのであれば、先の大戦で死んで逝かれた英霊たちのことはもっと忘れてはならないと、私は信念で思っております。

国民一人ひとりがそのように「決して忘れない」のであれば、日本は美しい方向へと進んで行くことでしょう。先の大戦は、アジアの解放、有色人種(中南米、アフリカを含めた)の白人支配からの解放、日本の自主独立、存亡をかけた戦いだったのです。

犠牲になられた英霊たちのお陰で、今日、日本があるのです。それどころか有色人種の独立国家があるのです。この事実を決して忘れてはならないのです。

合掌 かむながらありがとうございます

菅家 一比古

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★なでしこオピニオンの会 月例勉強会

講師:赤尾由美さん 
   アカオアルミ(株)代表取締役

友情出演:矢作直樹氏(やはぎなおき)
     東京大学名誉教授 医学博士

★代表の杉田水脈さんも毎回参加します!

日時:6月19日(月)18:30〜20:30  

会場:神楽坂セミナールーム
   東京都新宿区神楽坂6-42 神楽坂喜多川ビル5階
  (東西線「神楽坂駅」出口1から徒歩1分)

参加費: 一般 3,000円 
  美し国会員 2,000円


★懇親会:勉強会のあと、希望者で懇親会も行います。(要予約)

●下記サイトからお申込みください。ご入金をもって申込完了となります。

http://kokucheese.com/event/index/471382/

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言霊の華 第四三二号



『道元禅師の「自己が自己する」から菅家一比古の「神が神する」へ』


ダイヤモンドを新聞紙でくるむ人はいません。美しい宝石箱の中に大切に終(しま)うはずです。それは価値を知っているからです。

我等人間に与えられ、備えられたこの神の分霊魂(わけみたま)はダイヤモンドどころではありません。ダイヤモンドは金銭で売買できますが、人間の霊魂(みたま)は金銭など通用しません。

それは至高の価値でしょう。お金で買えないもの。それを宇宙の大神さまから与えられました。「私は私であって私ではない」のです。


五感(官)で意識している私は肉体的自我意識で捉えている私であって、本モノの私ではありません。「我ならぬ我」との出会いをどのように果たしたら良いのか。私はそれを禊、お山登拜、神社参拜で体験しました。

三〇代から四〇代にかけてあちこちのお山で「行」をしました。三輪山では毎年四月の前半、一週間程の合宿を主宰して多くの道友たちと行を共にしたのです。

ある時は私たった一人で二週間山籠もりをしたことがあります。三輪山の麓の大物主神様の荒魂をお祀りしている狭井神社のすぐ側に阪口茶店があって、その一番奥の和室を借り切って玄米のお粥を自分で炊きながらの行でした。

早朝六時に狭井神社の拜殿に上り祝詞奏上、拜神、そして境内で天鳥船を行い、それからお山登拜を開始。

途中に三光の滝があり、そこで禊をします。それから辺津磐座(へついわくら)、中津磐座、奥津磐座を参拜します。頂上では懇ろにご神事を行い、そしてまた磐座をお参りしながら下山いたします。

所用時間は禊の時間を入れ大体往復四、五時間くらいです。それをまた再び午後繰り返します。

お山から降りてきたら今度は麓のお滝場で禊をし、摂社末社巡りをします。夜は読書、原稿書きを十二時過ぎまで行います。
毎日その繰り返しで身体はくったくた、へとへとになるのです。

そういう中で霊魂が目覚め始める現象が訪れます。身体はへとへとなのに自然に身体が動き始める。自分の意志(思)を超えて身体が勝手に動いている。

道元禅師が言ったのはこれだ!「自己が自己する」と。私は古神道家ですから「神が神する」と捉えました。我が内なる神が肉体の限界と共に目覚め始め、動き出したのです。いつの間にやら身体の疲れもふっ飛んでいます。

私が修業した稜威会では五日間の禊修行があり、三日目を中日(なかび)祭としています。この三日目を境にして人から神に変わると位置づけるのです。

人間は偉大なる神の分霊魂です。本当(真実在、実相)の自分を早く知ることです。菅家廊下の目的はそこにあります。あなたの魂の岩戸開きは菅家廊下で必ず果たせることでしょう。

偉大なる霊魂に弥榮!


合掌 かむながらありがとうございます

菅家 一比古

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【平成菅家廊下・翔塾】
「総合人間力」の向上とリーダー育成

★名古屋 第9回勉強会

日時:6月16日(金)18:30〜20:30
会場:オルクドール・サロン (東海東京証券株式会社)
  名古屋市中村区名駅3-28-12 大名古屋ビルヂング 33階 
  (入口:オフィスロビーから)
参加費:志

懇親会:参加ご希望の方はお申し込みの際お知らせください。

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★赤尾由美・なでしこ講演会

日時:6月19日(月)18:30〜20:30  

会場:神楽坂セミナールーム
   東京都新宿区神楽坂6-42 神楽坂喜多川ビル5階
   (東西線「神楽坂駅」徒歩1分)

参加費: 一般 3,000 
    美し国会員 2.000円


★懇親会:勉強会のあと、希望者で懇親会も行います。(要予約)

●下記サイトからお申込みください。ご入金をもって申込完了となります。

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