2019年01月31日

言霊の華 第五一五号

『愛への氣づきこそ、自信と勇氣の源』

我々は何故歴史を学ぶ必要があるのでしょう。それは歴史的事実、事蹟を単に知るためではありません。きっとそれは歴史の一コマ一コマに人間ドラマがあり、そのドラマに先人達の血と涙と汗が隠されており、それを知るために学ぶ必要があるのです。

靖国の杜にある遊就館、鹿児島の知覧、鹿屋、沖縄の摩文仁の丘、呉の大和ミュージアム、江田島、パラオのペリリュー島、アンガウル島等々。これらは近代日本が欧米列強のアジア支配に対し立ち上がった日本の姿を彷彿させ、多くの英霊たちが戦死した悲しみを思い起してくれるのです。そして泣きます。

昨年のパラオでもそうでした。現地で毎日のように泣いていました。パラオで、皆で夜いただいた食事の美味しかったこと。皆で泣きながら、「でも、美味しいんだよね」と、一見矛盾した言葉を吐いていたのです。


英霊たちは水も食糧もなく戦い、玉砕を遂げたのです。それなのに我々は鎮魂慰霊に訪れていながら、美しい海で遊び、美味しい料理に喰らいついている。英霊を思うと涙が出てくる。しかし料理は美味しい。酒も旨い。「一体どうしたらいいのだ、この感情」。

英霊たちは応えます。「よくぞお参りに来てくれたね。いっぱい楽しんでくれ給え」と。日本に帰ったら、またすっかり現実に戻ります。あれだけ英霊たちを悼んでいながら、いつの間にやら忘れてしまう、現実を生きている自分を見るのです。


しかしこれは致し方のないことです。だからまた再び、巡礼に出かけるのです。忘れては思い出し、思い出した後に忘れての繰り返しです。それでいいのです。大切なことは「思い出す」こと。決して忘れ去ってはいけないのです。

靖国神社に行って思うこと、戦蹟を巡って思うことは、「我々は実に愛されていた。思われていた。見守られていた」と云うことです。これが大切なのです。愛への氣づきは人間を一変させます。


芥川龍之介の『杜子春(とししゅん)』。亡き母がいまも尚、杜子春のことを愛し、見守り続けていることへの氣づき。「私はもう何も要りません。お金や名誉も地位も。いまも私のことを愛し、見守り続けている母がいることが判りました」と杜子春は仙人に言いました。

主、イエスの愛に氣づいた弟子たち。あれだけ弱かった者たちが、死をも怖れない存在に一変し、十二弟子の内、十一人が殉教するのです。日本映画の名作、『おくりびと』『八日目の蝉』もそうです。「私は愛されていた」の氣づきでした。

それまでずっと続いていた親への反発、反感。そして人生の蹉跌(さてつ)。愛への氣づきは自らに自信と勇氣をもたらします。それは愛を享ける立場から他者を愛する、愛を与える立場に自らを変えて行くのです。


「我々は英霊たちから、先人たちから、父母から、先生から、友人たちから愛されていた・・・」 

早朝まだ暗い中、神社参拜とウォーキングに出かけ、朝の「氣」をいっぱい受け、日拜の印でお日様に向かい祈ります。

「天照らし坐す日の大神さま」を何度も唱え、その「氣」を身体いっぱいに溜め込みます。この時、天地一切から愛されている、守られている自分を実感するのです。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

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【ご案内】(申込受付中)
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★紀元節の禊★

日時:2月11日(建国記念の日) 14:00〜15:00 

集合:神奈川県三浦郡葉山町一色海岸(御用邸裏)

参加費:美し国会員3,000円 一般5,000円

締切:2月6日(水)

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★伊勢神宮の参拝・禊研修★

日時:3月21日(春分の日) 10:00〜17:00

集合:伊勢神宮 外宮 神楽殿前

●五十鈴川でみそぎ
●外宮・内宮 御垣内参拝
●御神楽奉納 など

参加費:2月末まで早割中!
●美し国会員11,000円
●一般15,000円

◆詳細は美し国HPに掲載中
 ご入会も受付中です!

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★パラオ・ペリリュー島 戦跡慰霊ツアー★

日程:4月15日(月)〜19日(金) 4泊5日

費用:30万円程度

★ご興味ある方は事務局までお問合せください。

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posted by 事務局 at 10:54| Comment(0) | 言霊の華

2019年01月25日

言霊の華 第五一四号

『神よ、日本の理念と心を明らかにして給われ』                  

学生時代、学生運動真っ只中にあった頃、左翼の全共闘に対し、民族派の日学同(日本学生同盟)、新日協(新日本協議会)と言ったグループが対峙していました。反共(反共産主義)を叫んで目覚ましい運動を展開(回)していたもう一つのグループに原理研究会、国際勝共連合がありました。


暴力闘争はせず、大学キャンパスや街頭で、反共理論の講義や演説、断食等をしていたのです。このグループ、団体の団結力、組織力、闘争心はとても凄いものがあったのです。我々民族派の学生たちでさえ真似できない思想哲学で武装していたのです。


彼等の集会や催しに何度か顔を出したことがあります。それは宗教的炎、情熱が燃え滾(たぎ)っており、キリスト教の父なる神への忠誠、教祖への帰依の強さに圧倒される思いを持ったものです。反共運動の愛国エネルギーが父なる神にあったとは・・・。


それに対し、我々民族派の愛国エネルギーの源泉はどこにあるのか。日本中の若者たちが目覚め、立ち上がる思想哲学の中心になるもの、即ち、父なる神に対抗できるものとは。どう考えても「天照大神」しか思い浮かばないのです。


それではあまりにも見劣りしてしようがないと思いました。若氣の至りです。元々日本に絶対原理、唯一絶対、全知全能等と言ったものはありません。しかしその頃は闘うエネルギーの根源を得たいと思ったのです。そして多くの民族派の人々はそこに「天皇原理」を置いたのでした。


ところが神道、古神道、日本の深層、真実を知れば知る程、日本の「包み込み」の心性や、調和の意味が判ってきたのです。そして遂に日本の中心、日本を顕(あ)らしめているもの、天皇、皇室を顕らしめているものが判然としてきたのでした。


何故闘(戦)うのか。闘わなければならないのか。それは敵をつくるからであり、善悪二元論を置くからです。


一神教世界に何故戦争、内乱(紛)が絶えないのか。それは善悪に分けるから。一神教の父なる唯一絶対なる神に代わる崇高なる愛と哲学が知りたくて、二十代から日々神社参拝を続けて来た私でした。


「日本の理念と心を明らかにして下さい」毎日祈り続けた文言です。そして遂に「天御中主大神(アメノミナカヌシ)」に辿り着いたのです。そしてその後三十代半ばにして中央大学名誉教授、生涯の師である中西旭先生と出会い、禊の世界に導かれるのでした。


禊を通して私の魂の扉は大きく啓かれ、私の魂が日本の魂を捉え始め、遂に永遠の日本、朽ちない日本、滅びない日本を発見するのです。私の若き時からの祈りは見(美)事に成就されたのです。


昨日二十二日、久我山の菅家庵「みすまるの宮」では中西旭先生ご逝去十四年目のご命日祭が執り行われました。


合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

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【ご案内】(事前申込制)
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★紀元節の禊★

日時:2月11日(建国記念の日) 14:00〜15:00 

集合:神奈川県三浦郡葉山町一色海岸(御用邸裏)

●例年と集合時間が異なります
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★春分の日の禊★

日時:3月21日(春分の日) 10:00〜17:00

集合:伊勢神宮 外宮 神楽殿前

●五十鈴川でみそぎ
●外宮・内宮 御垣内参拝
●御神楽奉納 など

◆詳細は美し国HPに掲載中

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★菅家廊下・翔塾 アドバンス★

日程:2月9日(土)〜11日(月)

会場:湘南国際村センター(葉山)

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★菅家廊下・翔塾 ベーシック★

日程:3月15日(金)〜17日(日)

会場:湘南国際村センター(葉山)

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posted by 事務局 at 10:26| Comment(0) | 言霊の華

2019年01月16日

言霊の華 第五一三号

『「大正」と言う御代について』

新年の恒例行事である武蔵野御陵参拜では、必ず隣接する多摩御陵を共にお参りします。多摩御陵は父帝の大正天皇陛下が祀られております。一般国民は昭和の御代が長かったこともあり、ついつい「大正時代」の意義や意識が昭和に比べて希薄である気がします。


それはそうです。昭和の御代が64年間続いたのに対し、大正の御代は僅か15年間であり、大正生まれの日本人のほとんどがこの世を去ったのです。生きている人でも九〇代後半の筈でしょう。この大正時代をどう捉えるのか。日本史の中でどう位置付けたらいいのか。

大正天皇様のことを脳障害があったとか、精神障害があったとかよく耳にしてきたものです。確かにお身体が弱く病氣がちだったことは事実で、昭和陛下が皇太子時代から摂政を務めていました。しかし精神薄弱、脳障害は誤解だと思われます。


大正天皇は漢詩の達人であり、多くの漢詩が残っています。脳障害者であればとても書けない内容です。46歳の若さで崩御されました。大正天皇とその御代が短命であったのはとても象徴的です。

と言うのも、大正15年間に生まれた日本人の数は1,350万人。そのうちの200万人が大東亜戦争で亡くなりました。大東亜戦争3年8ヶ月で亡くなった戦死者は一般市民80万人、軍人、軍属が230万人です。

230万人の内の200万人の戦死者が大正生まれ。大正生まれの7人に1人が戦死したのです。更に言うと、大正の後半に生まれた4人に1人が戦死したのです。大東亜戦争で戦う為に生まれてきたようなものでした。

大正とは、天皇陛下から始まって国民に至るまで短命だったのです。明治と昭和の間に咲いた短命であったけれど美しい花、それが大正の御代でした。


その束の間に起こったことは、大正三年に第一次世界大戦勃発、大正十二年関東大震災の発生、ロシア革命、シベリア出兵、海軍の軍縮会議、米騒動等々と騒がしさは続きましたが、震災以外は全て外国がらみで起きたものです。

この短い時代に文化の華を咲かせました。それは大正モダニズムとも言われ、女性性が大いに高まり、女子教育も充実を遂げたのです。

宝塚少女歌劇も誕生し、銀座に三越が開店し、「銀ブラ」「モダンガール」と言った言葉も生まれました。


新聞や総合雑誌も盛んになり、多くの文学や文学者が誕生したのです。活動写真もトーキー(有声映画)も登場し、ラジオ放送が始まり、レコードが出現し、歌謡曲がレコードで聞けるようになったのです。

地下鉄もでき、都市と郊外を結ぶ私鉄が発達し、路面電車や乗合自動車(バス)の路線が拡大し、バスガールやデパートガール、電話交換手といった女性進出の職場がどんどん増えて行ったのです。


政治の世界も原敬や加藤高明などによる藩閥政治から政党政治へと大きく変化を遂げ、吉野作造は「民本主義」を唱え、大正デモクラシーが大きく発展したのです。明治と昭和の間(はざま)に咲いた「大正」と言う儚くも美しい花。

女性性と母性性がもたらした「しなやか」なその感性に因る文化。時代はやがて昭和と言う激動の中に巻き込まれて行くのです。

それを知ってか、天は大正という束の間の悦びと癒しを日本にもたらして下さったのでした。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

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【ご案内】(事前申込制)
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★紀元節の禊★

日時:2月11日(建国記念の日) 14:00〜15:00 

集合:神奈川県三浦郡葉山町一色海岸(御用邸裏)

●例年と集合時間が異なります
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★春分の日の禊★

日時:3月21日(春分の日) 10:00〜17:00

集合:伊勢神宮 外宮 神楽殿前

●五十鈴川でみそぎ
●外宮・内宮 御垣内参拝
●御神楽奉納 など

◆詳細は美し国HPに掲載中

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★菅家廊下・翔塾 アドバンス★

日程:2月9日(土)〜11日(月)

会場:湘南村国際センター(葉山)

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★菅家廊下・翔塾 ベーシック★

日程:3月15日(金)〜17日(日)

会場:湘南国際村センター(葉山)

posted by 事務局 at 12:14| Comment(0) | 言霊の華