2018年12月07日

言霊の華 第五○八号

『菅家廊下で学ぶ「一流」とは (その1)』

菅家廊下翔塾では「一流について」を講義しております。普通一流と言えば、技術や才能などのスキルを指してのことだと思われがちですが、菅家廊下の一流は違います。一流とは「魂入れの名人」であり、地徳、人徳、天徳の持ち主を言います。

日本の「ものづくり」の根幹にあるのは、全ての万物は生命の現(顕)われであり、それがたとえ無機質なものであっても神さまの、又はみ仏の生命(いのち)そのものと捉えます。


鎌倉時代の初期に現われた明恵(みょうえ)上人は、道端に転がっている石ころに愛情を感じ「おむつをしたくなった」と云います。

花に神を見る感性や霊性は日本人特有のものがあり、ある有名写真家は花や植物をファインダーから覗き続けている内に、段々と自分が植物たちから覗かれていると云う不思議な感情が湧き上がって来たと云います。

日本人は花や木に語りかけることがきっと日常のこととしてできますが、さらに凄いのは花や木や、石ころや、牛馬から「話しかけられる」感性を持ち合わせていることです。

明恵上人の「合掌」のそれと凡人のそれとでは天と地の差があり、明恵上人の合掌はそこにみ仏(神々)の生命(いのち)を再現してしまうのです。


ものづくり日本の町工場の職人さんたちの道具に対する思い入れは一入(ひとしお)です。道具を生命として扱い、手入れを怠りません。昔より日本人は箸塚、筆塚、人形塚、針塚、包丁塚と云ったように、鎮魂供養を怠りませんでした。

ところが近年大消費社会が到来し、「もの」を単に物質として捉え、使い捨てが当り前の世の中になってしまいました。「もの」は第二の人間であり、「もの」を大切にする人は「人を大切」にします。その逆も大いに真なりです。


菅家廊下では、一流人の定義の中の一つに「一流とは魂入れの名人」があります。思(想)いを入れるとは愛を注ぐことであり、祈りを込めることです。そうして出来上がったものは全て祈りの造型(形)であり、生命(いのち)を帯びたものとなります。

教育などはまさしくそうです。吉田松陰先生は松下村塾の子弟たちに魂を入れたのです。日本史に出てくる塾生たちは三十人程ですが、その内半数が若くして亡くなり、残りの半数が近代日本を作り上げて行きました。

魂を入れたものは生命を帯び、躍動します。法隆寺は世界最古の木造建築で有名です。過去何度も地震を始めとする天災に遭遇したことでしょう。にも関わらず、一千五百年も生き延(伸)びてきた理由とは何か。

誰かが魂を入れたのです。聖徳太子、宮大工、僧侶、地元の人々の献身的努力と祈り、その造型そのもの。企業が続くのもそうでしょう。創業者が魂を入れた。そしてそれを継承した人々が魂を入れ続ける。だから今日迄存在し続けているのです。

(次回に続く)

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

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【御礼】

12月3日(月)に、東京・恵比寿のQ.E.D CLUBにて、望年会を開催いたしました。

多くの皆さまのご来場をいただき盛会となり、誠にありがとうございました。心から御礼申し上げます。

写真はフェイスブックページからご覧いただけます。
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posted by 事務局 at 10:50| Comment(0) | 言霊の華
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