2019年01月16日

言霊の華 第五一三号

『「大正」と言う御代について』

新年の恒例行事である武蔵野御陵参拜では、必ず隣接する多摩御陵を共にお参りします。多摩御陵は父帝の大正天皇陛下が祀られております。一般国民は昭和の御代が長かったこともあり、ついつい「大正時代」の意義や意識が昭和に比べて希薄である気がします。


それはそうです。昭和の御代が64年間続いたのに対し、大正の御代は僅か15年間であり、大正生まれの日本人のほとんどがこの世を去ったのです。生きている人でも九〇代後半の筈でしょう。この大正時代をどう捉えるのか。日本史の中でどう位置付けたらいいのか。

大正天皇様のことを脳障害があったとか、精神障害があったとかよく耳にしてきたものです。確かにお身体が弱く病氣がちだったことは事実で、昭和陛下が皇太子時代から摂政を務めていました。しかし精神薄弱、脳障害は誤解だと思われます。


大正天皇は漢詩の達人であり、多くの漢詩が残っています。脳障害者であればとても書けない内容です。46歳の若さで崩御されました。大正天皇とその御代が短命であったのはとても象徴的です。

と言うのも、大正15年間に生まれた日本人の数は1,350万人。そのうちの200万人が大東亜戦争で亡くなりました。大東亜戦争3年8ヶ月で亡くなった戦死者は一般市民80万人、軍人、軍属が230万人です。

230万人の内の200万人の戦死者が大正生まれ。大正生まれの7人に1人が戦死したのです。更に言うと、大正の後半に生まれた4人に1人が戦死したのです。大東亜戦争で戦う為に生まれてきたようなものでした。

大正とは、天皇陛下から始まって国民に至るまで短命だったのです。明治と昭和の間に咲いた短命であったけれど美しい花、それが大正の御代でした。


その束の間に起こったことは、大正三年に第一次世界大戦勃発、大正十二年関東大震災の発生、ロシア革命、シベリア出兵、海軍の軍縮会議、米騒動等々と騒がしさは続きましたが、震災以外は全て外国がらみで起きたものです。

この短い時代に文化の華を咲かせました。それは大正モダニズムとも言われ、女性性が大いに高まり、女子教育も充実を遂げたのです。

宝塚少女歌劇も誕生し、銀座に三越が開店し、「銀ブラ」「モダンガール」と言った言葉も生まれました。


新聞や総合雑誌も盛んになり、多くの文学や文学者が誕生したのです。活動写真もトーキー(有声映画)も登場し、ラジオ放送が始まり、レコードが出現し、歌謡曲がレコードで聞けるようになったのです。

地下鉄もでき、都市と郊外を結ぶ私鉄が発達し、路面電車や乗合自動車(バス)の路線が拡大し、バスガールやデパートガール、電話交換手といった女性進出の職場がどんどん増えて行ったのです。


政治の世界も原敬や加藤高明などによる藩閥政治から政党政治へと大きく変化を遂げ、吉野作造は「民本主義」を唱え、大正デモクラシーが大きく発展したのです。明治と昭和の間(はざま)に咲いた「大正」と言う儚くも美しい花。

女性性と母性性がもたらした「しなやか」なその感性に因る文化。時代はやがて昭和と言う激動の中に巻き込まれて行くのです。

それを知ってか、天は大正という束の間の悦びと癒しを日本にもたらして下さったのでした。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

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【ご案内】(事前申込制)
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★紀元節の禊★

日時:2月11日(建国記念の日) 14:00〜15:00 

集合:神奈川県三浦郡葉山町一色海岸(御用邸裏)

●例年と集合時間が異なります
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★春分の日の禊★

日時:3月21日(春分の日) 10:00〜17:00

集合:伊勢神宮 外宮 神楽殿前

●五十鈴川でみそぎ
●外宮・内宮 御垣内参拝
●御神楽奉納 など

◆詳細は美し国HPに掲載中

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★菅家廊下・翔塾 アドバンス★

日程:2月9日(土)〜11日(月)

会場:湘南村国際センター(葉山)

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★菅家廊下・翔塾 ベーシック★

日程:3月15日(金)〜17日(日)

会場:湘南国際村センター(葉山)

posted by 事務局 at 12:14| Comment(0) | 言霊の華
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