2020年12月17日

言霊の華 第六〇七号

『「母なるもの」の喪失と日本人』 

「かなしい」とは「悲しい」であり、「哀しい」でもあり、そして「愛(かな)しい」でもあります。かなしみを極めたものこそ「愛」なのです。仏教的表現では「大悲」とでも言えるでしょう。

維摩(ゆいま)経には「衆生(しゅじょう)の病は痴と有愛(うあい)より起こり、菩薩の病は大悲より起こる」とあり、「観音大悲」と云う言葉も知られています。

私は社会教育事業の一環で母親問題、女性性、母性性のことについて講演やセミナーを行なってきました。その時に出てくる言葉に「悲が動く」があります。

「離れているから悲しい、別れているから悲しい」。一つにしよう、一つになろう、自他不二、自他一体、そして自他同化に向かわしめる心が「悲が動く」なのだと。日本の底流には、この情感が常に存在しているような氣がしてなりません。

松尾芭蕉の句に「秋深し隣は何をする人ぞ」は、一見ごく普通の句に思えがちですが、そこには芭蕉自身の深い宗教性や、人間観が秘められております。日本人独特の寂寥(せきりょう)感、孤高性や儚さなどの無常観です。それは和歌、俳句、日本文学の多くの作品の中にも滲み出てきます。

芭蕉の先程の句には、隣人の生活風景ばかりではなく、心の風景までもが自らの心の風景と一体となって詠み込まれているに違いないでしょう。

平家物語は、日本人の心象風景が見事に作り上げたものです。「滅びゆくものへの共感、哀切、惻隠が琵琶法師の奏でる音と語りにより、美的となって日本人の心を捉えました。源氏も三代で早々に滅びたにも関わらず、「滅びゆく美」とはならなかったのです。

源氏が滅んでも人々の涙は誘いませんでした。平家一族は其々家族愛が深く、強い絆で結ばれ、栄華も滅亡も皆一緒だったのに比べ、源氏の棟梁である頼朝は次々と弟たちを殺害して行きました。その後の執権、北条氏は遂に天皇に弓を引いたのです。

西国武士団と東国武士団の決定的違いは、その雅性と文化性にあります。西国武士たちは常に和歌や連歌(れんが)に勤しみ、大陸や朝鮮半島の文化を自由に取り入れます。

特に村上水軍等は連歌興行に力を入れ、言霊の力を磨いて行きました。合格しなければ船長になれません。言霊によって天候をも左右すると信じられていたのです。西国武士団はやがて明治維新の中心に躍り出て、遂に東国武士団の江戸幕府を滅ぼしたのです。

今年は三島由紀夫先生没50年の年でした。これまで三島由紀夫先生の死に関して多くの人々が論評し、本も出されてきたにも関わらず、三島先生の「悲しみ」について語ったものがあまりにも少ないと感じます。いまここで述べるには無理があるように思いますが、少しだけ触れてみたいと思います。

冒頭の「悲しみ」についてに戻ります。三島先生は悲しかったのだと思わずにおれません。美しい日本の破壊とは、きっと「母」なるものの喪失だったのです。幼い自分を一人残して立ち去って行く母。その後を追いかけ「お母さん!お母さん!何処に行っちゃうの、僕を置いて何処に行っちゃうの!」。

そしてとうとう道の中に転び、地面に座り込み、泣きじゃくりながら遠くなっていく母の後ろ姿を見ている。母なるものの喪失・・・。それが深層にあったのだと思います。何故なら今の私がそうだからと云うしかありません。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

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posted by 事務局 at 10:18| Comment(0) | 言霊の華
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