2019年01月25日

言霊の華 第五一四号

『神よ、日本の理念と心を明らかにして給われ』                  

学生時代、学生運動真っ只中にあった頃、左翼の全共闘に対し、民族派の日学同(日本学生同盟)、新日協(新日本協議会)と言ったグループが対峙していました。反共(反共産主義)を叫んで目覚ましい運動を展開(回)していたもう一つのグループに原理研究会、国際勝共連合がありました。


暴力闘争はせず、大学キャンパスや街頭で、反共理論の講義や演説、断食等をしていたのです。このグループ、団体の団結力、組織力、闘争心はとても凄いものがあったのです。我々民族派の学生たちでさえ真似できない思想哲学で武装していたのです。


彼等の集会や催しに何度か顔を出したことがあります。それは宗教的炎、情熱が燃え滾(たぎ)っており、キリスト教の父なる神への忠誠、教祖への帰依の強さに圧倒される思いを持ったものです。反共運動の愛国エネルギーが父なる神にあったとは・・・。


それに対し、我々民族派の愛国エネルギーの源泉はどこにあるのか。日本中の若者たちが目覚め、立ち上がる思想哲学の中心になるもの、即ち、父なる神に対抗できるものとは。どう考えても「天照大神」しか思い浮かばないのです。


それではあまりにも見劣りしてしようがないと思いました。若氣の至りです。元々日本に絶対原理、唯一絶対、全知全能等と言ったものはありません。しかしその頃は闘うエネルギーの根源を得たいと思ったのです。そして多くの民族派の人々はそこに「天皇原理」を置いたのでした。


ところが神道、古神道、日本の深層、真実を知れば知る程、日本の「包み込み」の心性や、調和の意味が判ってきたのです。そして遂に日本の中心、日本を顕(あ)らしめているもの、天皇、皇室を顕らしめているものが判然としてきたのでした。


何故闘(戦)うのか。闘わなければならないのか。それは敵をつくるからであり、善悪二元論を置くからです。


一神教世界に何故戦争、内乱(紛)が絶えないのか。それは善悪に分けるから。一神教の父なる唯一絶対なる神に代わる崇高なる愛と哲学が知りたくて、二十代から日々神社参拝を続けて来た私でした。


「日本の理念と心を明らかにして下さい」毎日祈り続けた文言です。そして遂に「天御中主大神(アメノミナカヌシ)」に辿り着いたのです。そしてその後三十代半ばにして中央大学名誉教授、生涯の師である中西旭先生と出会い、禊の世界に導かれるのでした。


禊を通して私の魂の扉は大きく啓かれ、私の魂が日本の魂を捉え始め、遂に永遠の日本、朽ちない日本、滅びない日本を発見するのです。私の若き時からの祈りは見(美)事に成就されたのです。


昨日二十二日、久我山の菅家庵「みすまるの宮」では中西旭先生ご逝去十四年目のご命日祭が執り行われました。


合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

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【ご案内】(事前申込制)
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★紀元節の禊★

日時:2月11日(建国記念の日) 14:00〜15:00 

集合:神奈川県三浦郡葉山町一色海岸(御用邸裏)

●例年と集合時間が異なります
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★春分の日の禊★

日時:3月21日(春分の日) 10:00〜17:00

集合:伊勢神宮 外宮 神楽殿前

●五十鈴川でみそぎ
●外宮・内宮 御垣内参拝
●御神楽奉納 など

◆詳細は美し国HPに掲載中

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★菅家廊下・翔塾 アドバンス★

日程:2月9日(土)〜11日(月)

会場:湘南国際村センター(葉山)

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★菅家廊下・翔塾 ベーシック★

日程:3月15日(金)〜17日(日)

会場:湘南国際村センター(葉山)

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posted by 事務局 at 10:26| Comment(0) | 言霊の華

2019年01月16日

言霊の華 第五一三号

『「大正」と言う御代について』

新年の恒例行事である武蔵野御陵参拜では、必ず隣接する多摩御陵を共にお参りします。多摩御陵は父帝の大正天皇陛下が祀られております。一般国民は昭和の御代が長かったこともあり、ついつい「大正時代」の意義や意識が昭和に比べて希薄である気がします。


それはそうです。昭和の御代が64年間続いたのに対し、大正の御代は僅か15年間であり、大正生まれの日本人のほとんどがこの世を去ったのです。生きている人でも九〇代後半の筈でしょう。この大正時代をどう捉えるのか。日本史の中でどう位置付けたらいいのか。

大正天皇様のことを脳障害があったとか、精神障害があったとかよく耳にしてきたものです。確かにお身体が弱く病氣がちだったことは事実で、昭和陛下が皇太子時代から摂政を務めていました。しかし精神薄弱、脳障害は誤解だと思われます。


大正天皇は漢詩の達人であり、多くの漢詩が残っています。脳障害者であればとても書けない内容です。46歳の若さで崩御されました。大正天皇とその御代が短命であったのはとても象徴的です。

と言うのも、大正15年間に生まれた日本人の数は1,350万人。そのうちの200万人が大東亜戦争で亡くなりました。大東亜戦争3年8ヶ月で亡くなった戦死者は一般市民80万人、軍人、軍属が230万人です。

230万人の内の200万人の戦死者が大正生まれ。大正生まれの7人に1人が戦死したのです。更に言うと、大正の後半に生まれた4人に1人が戦死したのです。大東亜戦争で戦う為に生まれてきたようなものでした。

大正とは、天皇陛下から始まって国民に至るまで短命だったのです。明治と昭和の間に咲いた短命であったけれど美しい花、それが大正の御代でした。


その束の間に起こったことは、大正三年に第一次世界大戦勃発、大正十二年関東大震災の発生、ロシア革命、シベリア出兵、海軍の軍縮会議、米騒動等々と騒がしさは続きましたが、震災以外は全て外国がらみで起きたものです。

この短い時代に文化の華を咲かせました。それは大正モダニズムとも言われ、女性性が大いに高まり、女子教育も充実を遂げたのです。

宝塚少女歌劇も誕生し、銀座に三越が開店し、「銀ブラ」「モダンガール」と言った言葉も生まれました。


新聞や総合雑誌も盛んになり、多くの文学や文学者が誕生したのです。活動写真もトーキー(有声映画)も登場し、ラジオ放送が始まり、レコードが出現し、歌謡曲がレコードで聞けるようになったのです。

地下鉄もでき、都市と郊外を結ぶ私鉄が発達し、路面電車や乗合自動車(バス)の路線が拡大し、バスガールやデパートガール、電話交換手といった女性進出の職場がどんどん増えて行ったのです。


政治の世界も原敬や加藤高明などによる藩閥政治から政党政治へと大きく変化を遂げ、吉野作造は「民本主義」を唱え、大正デモクラシーが大きく発展したのです。明治と昭和の間(はざま)に咲いた「大正」と言う儚くも美しい花。

女性性と母性性がもたらした「しなやか」なその感性に因る文化。時代はやがて昭和と言う激動の中に巻き込まれて行くのです。

それを知ってか、天は大正という束の間の悦びと癒しを日本にもたらして下さったのでした。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

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★紀元節の禊★

日時:2月11日(建国記念の日) 14:00〜15:00 

集合:神奈川県三浦郡葉山町一色海岸(御用邸裏)

●例年と集合時間が異なります
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★春分の日の禊★

日時:3月21日(春分の日) 10:00〜17:00

集合:伊勢神宮 外宮 神楽殿前

●五十鈴川でみそぎ
●外宮・内宮 御垣内参拝
●御神楽奉納 など

◆詳細は美し国HPに掲載中

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★菅家廊下・翔塾 アドバンス★

日程:2月9日(土)〜11日(月)

会場:湘南村国際センター(葉山)

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★菅家廊下・翔塾 ベーシック★

日程:3月15日(金)〜17日(日)

会場:湘南国際村センター(葉山)

posted by 事務局 at 12:14| Comment(0) | 言霊の華

2019年01月10日

言霊の華 第五一二号

『元旦禊と武蔵野御陵で思(想)うこと』

一昨日の一月七日、有志の方々と毎年恒例である武蔵野御陵(昭和天皇陵)の参拜を斎行いたしました。七日は昭和天皇陛下崩御三〇周年、今上陛下御在位三〇周年という大変記念すべき日で、陛下自ら三〇年式年祭を執り行うことに強いこだわりを持たれたと言います。

御陵には安倍首相をはじめとする閣僚たちやご皇族、旧皇族方が八〇名程集まり、陛下の御告文(おつげぶみ)の奏上に一同頭を垂れたのです。

陛下は四月末までの早い時期に伊勢神宮、橿原神宮に参拜し、御譲位を報告する旅に出かけられるとのことです。


陛下の強いご意志とご覚悟を示されたこの日でした。この記念すべき日に我々は居たのです。武蔵野御陵参拜は美し国、日本蘇り運動の原点に帰る大切な日です。

昭和天皇陛下はまことに聖(ひじり)の帝(みかど)で、御陵(みささぎ)で頭を垂れていると心底素直になり、身も心も浄化され、一年の活動のエネルギーを頂けるのです。


エネルギーと言えば元旦禊もそうです。今年の元旦禊で二十九回目を迎えたこの日の朝、水平線は厚い雲に覆われていました。「今日は残念ながらご来光は無理だな」と思い、天ノ鳥船をしながら海を見続けていたのです。

海上は外氣温と海水温の温度差で湯気が立っており、なんとも神秘的な光景を見せていました。一同10分程海に浸かり、大祓戸(オオハラヘド)大神を連呼したのでした。海のなんと温かいことか。母の胎内の羊水もこのような感じだったに違いありません。


一同禊を終えて海から上がったその直後、雲間から光明燦然とお日様が現われたのです。皆、立ちすくみ「大神様〜、大神様〜!」と叫び続けました。

ふつふつと私の心の底から湧き上がったものがあります。「そうか、新しい御代の日本は初めのうちは厳しい現実の中にあるかも知れない。しかし我々の禊によって光が、日の大神様が必ず現れ、日本を照らすのだ」と。

今年で二十九回目の元旦禊。平成最後となった元旦禊で得た悟りは、とても意義深いものがありました。

「何故、元旦禊を始めたのだろう」

この問いに判っていることは、我々の意志などを超えた、大いなるものの計らいで「させられていた」のだと言うことです。禊は「する」ものではなく「賜はるもの」なのです。何とありがたいことか。


元旦禊で思(想)うことは「原初の記憶」に還ることです。生命は海で誕生しました。海は先ほども述べましたように、母の羊水であり子宮です。お日様の光によって光合成が行われ、生命体が誕生します。まさにそのことが喚び覚まされるのです。

元旦禊は新たに生まれ変わる新生体験の瞬間であり、一挙に霊魂(みたま)意識が現われる神秘体験と言えるでしょう。それを二十九年も神から賜わっている理由とは如何なるものか。


阪神淡路大震災も東日本大震災も、元旦禊や色々な禊行事で神は私にお示しになられました。私は霊能者でもなく教祖でもありません。一、禊の求道者に過ぎません。

日本を、世の中を照らす底光るただの人でありたいと願い続けております。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

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★紀元節の禊★

日時:2月11日(建国記念の日) 14:00〜15:00 

集合:神奈川県三浦郡葉山町一色海岸(御用邸裏)

●例年と集合時間が異なります
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★春分の日の禊★

日時:3月21日(春分の日) 10:00〜17:00

集合:伊勢神宮 外宮 神楽殿前

●五十鈴川でみそぎ
●外宮・内宮 御垣内参拝
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日程:2月9日(土)〜11日(月)

会場:湘南村国際センター(葉山)

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日程:3月15日(金)〜17日(日)

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posted by 事務局 at 10:47| Comment(0) | 言霊の華